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自分が好き?

私は人が好きです。
でも、人が苦手です。

数年前まで、人は怖いもの。
そして、自分は存在してはいけないものだと思っていました。
同じように思っている人いますか?

マイナスのストローク(働きかけ)ばかり受け続けると、自己を肯定できない。
今、私はコミュニケーションを学んでいますが、
教科書を読んで深く頷いたのが上記です。

プラスのストロークを受けると、相手との信頼関係が生まれ、
指摘を素直に受け入れられると習いました。

同じように、否定の働きかけばかり受けると、
「あなたは生きていていいんだ」と言われても、なかなか受け入れられないよね。

でも、ちょっとずつでも信じてみよう。
相手が真剣に心から言ってくれているのだから、
素直に「ありがとう」って言ってみよう。

生きていてはいけない人間なんて、ひとりもいないんだよ。
まだ認識してないだけで、あなたにも良いところは必ずある。

徹底的に存在を否定された人には、受けた暴言以上に、
肯定の言葉を伝えたい。


あなたは生きていていいんだよ。
あなたにも良いところはあるんだよ。


時は偉大です。
人が怖くて仕方なかった私が、
あれから年月が経って、
人と話すこと、知り合うことが楽しいって今思ってる。

ありのままのあなたの良いところを、認めてくれる人は必ずいるから。

自分を見放さないで。

| | 21:24 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

私は他人の存在を知覚できません

小学校1年生の時に、感情を持つことを封印し、他人と関わらないで生きる、という決断をした私。
本来なら、社会生活を学ぶべき時期に「孤高」という選択をしたため、社会生活不適合=コミュニケーション能力の発達不全、になっているようです。
他人、というものの存在を理解できないでいます。
ビジネスコミュニケーションは可能です。そういうインタフェースを作ったから。
心と心が通い合うコミュニケーションは、理解不能です。具体的には、他人の顔を覚えることが出来ません。相手が私の名前を呼ぶのに、私は相手の名前を覚えることが出来ません。他人、という存在をイメージできないようです。何か、人間がいる、ということはわかるのですが「それ」とどう私が関係性を持つのか、が理解不能です。
と言う状況下で、他人から徹底的に潰されても問題ないはずだったのですが。(他人から潰される時に、心のクローニングを行って、クローンが傷つくけど、本体は傷つかない、というシステムを開発してしまいました。よって、傷ついて修復することで強くなる=成長、という可能性も同時に失いました。)
なぜか、修復が間に合わず、本体が壊れました。魂が砕けたの。
今は、糊でかろうじて、魂はもとの球体に戻っているように見えますが、脆いです。
いまだ、コメントやブログ、Twitterをしているということは、何かの「繋がりたい」という意識があるようなのですが、何に繋がりたいのか、自分ではよくわかっていません。寂しい、と言う意識はあるようです。それがどういう意味を持つのか自体、自分では理解できなくなりました。
このコメントに意味はありません。そういう存在がいる、ということをお伝えしたかっただけです。
(自ブログで延々と展開される予定。)

| くりにゃー | 2011/07/24 17:39 | URL | ≫ EDIT















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