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明日の光をつかめ2

現在放映中のドラマで、1番楽しみにしています。

他社に害を及ぼすおそれのある者、
理解の範疇の外にある者を、
多くの人は排除しようとする。

でも、罪を犯さざるを得ない理由があるかもしれない。
想像を絶する苦しみを抱えて生きているのかもしれない。
それなのに、理解できないからといって、怖いからって、
排除していいのか?

私は何故か、小学生の頃から、犯罪心理学や冤罪に興味があり、
本を読むたびにそんなことを考えていました。


自分がいることで、大切な人が不幸になるなら、
自分の存在なんて消してしまって構わない。
かつて、私も同じように思っていました。

でもそんなの悲し過ぎる。
そんなの間違ってる。

それぞれが、それぞれの痛みを抱えて生きることが人生ならば、
その痛みを慈しみながら、みんなで生きていけたらいい。
そのように生きたいと思いませんか?


それにしても・・・渡辺いっけいさんの演技力は相変わらず凄い!

| 未分類 | 23:48 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

ドラマは見ないくりにゃーです

映画は好きなんだけれどね。ドラマって尺数伸ばすために、何か無理してシーンを作っている感じがして、間延びを感じてしまって、私にはうまく合わないみたい。野島さんの初期のは見れたけど、あれってセンセーショナリズムの手法だから、結局続くと飽きられたし。
「寛容さ」の問題かな、と思います。日本人はもともと単一民族で(この部分にはくりにゃーは、猛烈に異論がありますが、ここではそういうことにしておきます)、一億総中流で示される「均質化」の社会だったのですね。だから、「異質なモノ」は排除する。「ムラ社会」という構造を持っていて、「ムラ」に合致しないモノは排除する。
それが基本なのかなー、と思います。

最近、バブルが弾けて、美奈が成長することが出来ない状態になり、一億総中流が崩れて、社会が多様化し、隣の人は知らない人、という時代になってしまった。それでも、主婦達は、公園でママ友を繰り広げて、なんとか共同体を維持しようとしている。それはもう、無理なんだけど、主婦達は変わることが出来ない。哀れだと思うのですけれど、それが今の状態なのかな、と思います。
私も、社会の標準ルートからはるかにはずれた位置に来てしまったので、地域コミュニティに属せない状態ですけれど、そういう人が増えてくると、日本人も「寛容さ」を持たないと、社会自体が成立しなくなるのではないかと思うのですが、なかなか「寛容さ」を身に付けている人がいないですね。
大震災の際にボランティアが活動して、「人を助ける」という「義」の心は持っているようなのですが、もう少し踏み出せば、社会に適合できない人たちを受け入れる「寛容さ」に達することができるのではないか、と期待しているのですが、日本人って、そこがすごく下手に感じます。
人口減少・東日本の病人増加による日本の半分が壊滅する時代になったら、日本という国を維持するために移民を受け入れなければならなくなりますから、その頃には、「寛容さ」が備わっているとは思うのですが、そうでなければ、日本としては終了するしかないかな、と思っています。

| くりにゃー | 2011/08/02 05:50 | URL | ≫ EDIT















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